過食嘔吐と、母と、私。魚肉ソーセージを捨てた日に思うこと

過食嘔吐と、母と、私。魚肉ソーセージを捨てた日に思うこと 過食(過食嘔吐)

 

こんにちは。とび太です。
母がくれた魚肉ソーセージを捨てました。
そこで、私が人生でつまづいてきたことについて書きたいと思います。
私は21歳から7年ほど、過食嘔吐をしながら生きてきました。
その背景を紐解くと、現れるのは『母』でした。
私も、できることなら食べ物は捨てたくないです。捨てることでしか解決できない私は、精神的に未熟だなとも思いますが、背伸びしない今の私はこんな感じです。

母の食べ物を食べて、食べて、そして吐く。

過食嘔吐をしている理由。
それは、ずっと分からないままでした。
「なんで私は吐いているんだろう」、と問題視できたのは26歳のときのこと。
探して見つけた結論は「自分が欲しいものが欲しい」、それだけなのでした。
私は、高校を卒業してから、実家から離れて長いこと一人暮らしをしてきました。
母はよく、仕送りを送ってくれました。段ボール箱の中身は、野菜や、お菓子や、果物、母が作った惣菜など。
仕送りが繰り返されるうちに、それが届くと私はすぐ開けて、お菓子など開ければすぐに食べれるものを、その場で食べ始めるのがお決まりの行動になりました。
そして、いつしか、母が送ってきた食べ物を、食べて食べて、そして吐くようになりました。トイレにかがみながら、頭の中で私は、「送ってもらってありがたい」「食べ物を粗末にするなんて、最低だ」という言葉を何度も何度も繰り返し唱えていました。
母から荷物が送られてくる度に私は、気が重くなりました。
器用に、ため息でも吐けたらよかったのですが…。

なぜ母からの仕送りは過食嘔吐しがちなのか?

母から送られてきた食品は、高確率で過食嘔吐につながりました。
私は、経験も合わせてみて、過食嘔吐という行動自体をしてしまう理由は、『疲れ』か、もしくは『ストレス』だと思っています。
↓それについてはこちら
https://umayano.com/reason-of-overeating
今は自分でようやく分かったのですが、母から送られてきた食べ物を過食嘔吐してしまうのは、母がくれる食べ物が、母が食べ物を送ってくるという行為が、『ストレス』だったからなのだと思っています。
母からの大量の惣菜やお菓子を食べなければならないストレス。
一人暮らしには多すぎる野菜を料理しなければならないストレス。
日付や時間を確認せずに、突然送られてくるストレス。
そして、それらのストレスをごまかすために、過食嘔吐。
過食嘔吐して、自分を責めて、もっとストレスが重なっていく負の連鎖…。
母の仕送りによって、私の日常が突然ストレスいっぱいのものに変わります。
また、過食や過食嘔吐をする深層心理には、『母親の愛情が欲しい』という要求があるそうですね。母に愛されたいけれど、愛情を注がれなかった(愛情として受け取れなかった)ために、母親の愛情の代わりに、食べ物で満たされようとする。つまり、私も、過食することで母からの愛情不足を埋めようとしていたんだと思います。
私のつまづきや生き辛さは、突き詰めればアダルトチルドレンとか、愛着障害とか、そういう言葉で説明もできそうです。根底には、脳の特性―双極性障害と自閉スペクトラム症(発達障害/ASD)もあると思います。それもあって、私はめちゃくちゃ「こうしたい」というのが強いのかもしれません。同時に、それを表現するのがクソみたいに下手。そのため、その隙間にものすごくストレスが生まれ、そして、そのストレスを上手く対処できず、結果、過食嘔吐という形で現れているのだと思います。

母がくれた食べ物を捨てた

今回、母が、魚肉ソーセージをくれました。このとき、母は、「とび太の好きな魚肉ソーセージだよ♪体に悪いやつ♪」と添えてくれました。その一言を聞いて、もう、私は捨てることに躊躇いませんでした。
母とのズレ
母は私が魚肉ソーセージが好きなイメージがあるようです。それは、実家にいた高校生までのことです。
余談ですが、魚肉ソーセージは私にとって過食嘔吐のシンボルでもあります。過食嘔吐するときに、魚肉ソーセージを食べることが多かったからです。今でも、魚肉ソーセージを見るだけで、過食嘔吐を思います。
現在、過食嘔吐が減り、食生活が改善し、魚肉ソーセージ(特に、普通にスーパーで売っているピンクのやつ)が食べたいと思うことはあまり積極的にはありません。好きか?と訊かれたら、特別好きでも、嫌いでもないかな、という感じです。
やっと捨てられるようになった
「もう送らないで」「いらない」と母に直接言ば良いじゃん、ですよね。それか、見えないところで捨てればいいでしょう。カンタンなことです。でも、それが出来ないから、私は20過ぎても過食嘔吐していたのですね。
今回、魚肉ソーセージを捨てることができました。私は、『過食嘔吐』そして『母からの愛情不足』から、また少し離れられたように思います。こうして記事に書くエネルギーになったということは、それだけ私は「嫌だ!」と感じているということなのかもしれません。
もったいない気持ちも、食べ物を捨てるという行為への罪深さも感じています。しかし、私は、自分の心と体を守ることを優先します。

貰うほど”否定された”感が深まってきた

私の育った家庭では、愛情は”モノ”で与えられました。そして、貰えば貰うほど、私は罪悪感でいっぱいになりました。「嬉しい」よりも、「申し訳ない」と思うようになりました。
↓このため贈り物のやり取りが苦手です
https://umayano.com/struggling-in-giving-gifts
親は、愛情を注ごうとしていたのだと思います。愛情を注ぎたくて、どんどん、”モノ”をくれた。親はまさか、娘を否定しようとか、そんなつもりはなかったのだと思います。(しかし、そもそもそこまでしっかり私について考えてくれていたかどうか分かりません…)
私はゴミ箱なのか?
例えば、母がくれる野菜について。実家が農家なのですが、農家コミュニティというのは、とにかく大量に食べ物を交換しがちかなと思います。そして大量にお裾分けをする。そのお裾分けが、私にも来ているんだなとも思いました。それは、全然悪いことではないと思います。母は、貰い物を私に流す(おすそ分けする)ことは、もはや無意識というか”当たり前”で、疑問すら持たないんだと思います。
「おすそわけ」と「いらないからあげる」って、似ていて、真意は計り知れないときがあります。どちらの意味も含んでいることもあるのでしょう。私は、母や祖母から食べ物などを貰うたびに、「要らないから私にくれているんだろう」と思うことが増えました。「ある材料を消費するために献立を考える」という感じで育ったので、母が、大量の食材に内心ため息をついているのも伝わってきました。
だから、悪い言い方をすれば、その食材の処理が私にもまわってきた、と思いました。要らないものを処理するために、私に食べ物を送る。私はゴミ箱。
しかし、こういった、”母を否定する考え”はすぐに、私自身によって消され、押し殺されます(アダルトチルドレン発揮)。”母の愛情”を受け取れない自分を、自分勝手だと、わがままだと思い、自分は悪い子だと、一生懸命に否定するのでした。
今回の魚肉ソーセージの件では、母は、嬉しいことに、「私の好きなものをくれようとした」ようです。
でも、「体に悪いやつ」と言われてしまって、毒をくれたんだ、嫌われてるのかなって、反射的に思ってしまいました。多分、母的には、「添加物とかも多いからあんまり食べすぎないでね」とかいう意味で、私を気遣って言ったのかもしれません(ポジティブに深読みしすぎかな?)。
母から何か貰う度に、私は私を無視されているような、否定されているような気持ちになりました。
母は、母なりに私に愛情を注いでくれているんだと思います。ただ、私はそのやり方を、愛情として受け取る作業が、不器用なようです。

自分への洗脳

過食を悪化させたのは、外的なストレスだけでなく、私自身の『考え方の偏り』もあったと思います。

食べ物は全部おいしい?
私は、いつもたくさん食べていました。自分のことを「食が太い」と思っていました。そして、「食べ物は全部美味しい」って思っていました。ほんとです。今振り返るとほんとウケる思考ですよね。「食べ物は全部美味しい」と思えば、いくらでも食べられますし、イヤイヤ食べるよりストレスを感じずに済みます(頭では)。
26歳のころ、母親の料理を「不味い」と言っている人を見て、「母の料理って不味いって思ってもいいんだ!」と感動を覚えました。26年間、母の愛情を食べ物からしか感じることができなかったという証拠かもしれません。
「ありがたい」という殺し文句
私は、母の行動に、毎度意味を探してしまっていました。「なんでこれをくれたんだろう?」と考えました。そして、いつのまにか、「感謝しなくちゃ」「ありがたいと思わなきゃ」って一生懸命思うようにしていました。
「感謝しなきゃ」と自分を洗脳していた背景には、「あなたのためにやってあげているのよ」という呪いの言葉があると思います。いつもではないのですが、母の行動に垣間見えることがあります。また、祖母も同じような感じで、毎度、一方的に食べ物を持たせてくれます。
祖母からも母へ、受け継がれている、ひどく言えば「ありがた迷惑」の文化の世代間伝播を、なんとか私で断ち切りたいものです。
私は人生ずっと、無意識に一生懸命自分を洗脳していたようです。そんな過去の私を、”可哀想な人”だね、と慰めてあげたいです。

食べ物を捨てるのも過食嘔吐も同じ

私は、「食べ物を捨てる」ということを非常に罪だと思っていました。長らく、「食べ物を粗末にしてはいけない」信仰のせいで、食べ物を残したり捨てたりすることができませんでした。上記のように自分を洗脳しつつ、無理してでも食べていました。
しかし、どんなに食べれる体だとしても、胃には限界があります。そして、母からの食べ物は終わりがありません。なんとか詰め込もうとしても、最終的には吐くことになります。トイレの便器に溜まった吐瀉物を見て、「ごめんなさい」と思っていました。私がやっていることは、食べ物捨ててしまうのと同じだと思いました。
実際、食べ物を捨てたとしても、過食嘔吐したとしても、最終的にはゴミになっているので、捨てているという点では同じだと思います。吐かないタイプの過食だとしても、味わって食べていない時点で、食べ物を粗末にしているのではないでしょうか。しかし、私は、そもそも、ストレス源となっている食べ物を、捨てようが食べようが吐こうが、なんでも良いと思います。
身体と心が拒否反応しているのです。
その拒否反応が、捨てるという行為だったり、過食嘔吐だったりだと思います。自分の体と心を守る行動だと思っています。

では私は何が欲しいのか?

ここまで、散々母のことをディスってきました。

私が母に伝えたいこと、してほしいことは、シンプルです。

「私が欲しいものを、ください」

そのために、

「私の欲しい物を、訊いて下さい」

これだけです。
どんなに些細なモノや行為だったたとしても、それが私の欲しいものであれば、それは、例えばどんなものよりも、嬉しいです。

母の食べ物を捨てられるようになって変わったこと

なぜ自分がこれほどに母に気を遣い、母の機嫌を伺い、母に何も言えないのか。これは今でも私の課題です。
最近は、「気持ちだけもらう」という行為ができるようになってきました。
でもやはりまだ、しばらく冷蔵庫に置いておいて、もう食べれなくなるまで捨てられないこともあります。そうすると、母の食べ物は、冷蔵庫を開ける度に目につき、そして毎日、私を責めてきます。
しかし、無理して食べず、無理して私の体に押し込まない。嫌なものを嫌ということは、そして捨てることは、自分を守ること。そう思えるようになりました。
今は、以前より母からの贈り物に対する気持ちが楽になりましたし、母とも以前よりいい関係になれているように思います(私目線では、ですが)。リラックスして母と対峙することができるようになったのかもしれません。

結局はまだ母には直接言えないけど

「くれる前に、私が食べたいものを訊いてほしい」
これだけのことなのですが、未だに母に言えません。
「まぁ、これから何年、何十年したら伝えられるでしょう。」、と、今は思えています。
私は母の行為に愛情を感じられなかったんだな、と気づけただけでも、そして要らない食べ物を捨てられるようになっただけでも、過食嘔吐していて、何も分からなかった頃に比べたら大きな成長だと思っています。
私は、無駄に優しかったのだと思います。
もうそんな優しさで、自分を苦しめるのはやめます。
だから、魚肉ソーセージを捨てました。
こうしてここに書くことで自分のフラストレーションを昇華させていただきました。26歳で生まれ直して、今は精神的に3歳くらいだと思っているのですが、そんな私の成長過程として見守ってもらえたら嬉しいです。
この記事に共感され、もしなにか生きづらさを感じている方がいたら、愛着障害やアダルトチルドレン、自閉スペクトラム(発達障害/旧アスペルガー/ASD)、HSPといったキーワードと自分を照らし合わせてみると、何かつまづきを紐解くことができるかもしれません。
それでは、自分を大切にしつつ、飄々と生きてゆけたらいいな。

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