双極性障害を受け入れる最初のステップ~「自分のお葬式」をしよう~

双極性障害を受け入れる最初のステップ~「自分のお葬式」をしよう~ 双極性障害

こんにちは。とび太です。

 

突然双極性障害を知らされて衝撃を受けている人もいれば、やっと診断にたどり着いてホッとしている人、なりたくなかったのになってしまって戸惑っている人、その人の数だけエピソードがあると思います。

 

絶望されていても、自殺せず、こうして生きて、この記事を読んでくださってありがとうございます。

 

 

「双極性障害をどうやって受け入れたらいいのか?」

 

 

そう思っている人に、おすすめしたい行動があります。

それは、「自分のお葬式」です。

 

双極性障害ではなかった、「健康な自分」のお葬式をすることで、これからの長い人生をよりよく生きてゆくスタートを切ることができると思っています。

 

特別なものは必要ありません。

出来る範囲で、そして、決してしんどくならない範囲で、やってみてください。

 

 

注:「双極性障害」という診断に違和感があったり、納得できていない人は、まだやらないでください。診断が納得できるまで、徹底的に医師に訊いたり、調べたりしてみてください。

 

 

 

 

私の話をすこしだけ

 

私がお葬式をしたタイミングは、双極性障害かもしれない、と自分で確信したときでした。

診断はまだでしたが、もう自分が双極性障害だとしか思えなくなったのです。

北海道の僻地にいたのもあり、精神科をすぐ受診できず、双極性障害の診断をもらったのはその数カ月後でした。

 

ネットや本で調べているうちに、その記述はうつ病の人向けでしたが、「うつじゃなかった頃の自分は死んだと思いましょう」というような記述をみました。

 

「健康な(双極性障害でない)【自分】は死んだんだ」そう思うと、涙が止まらず、ひとり暮らしの部屋でおいおい泣きました。

 

うつ病のように、完治を目指せるならまだ希望がもてる。

でも、「双極性障害は、治らない、一生もの」。

その事実に私は打ちのめされてしまいました。

過去の過ちも次々思い浮かび、「もう戻れない」「健康(障害がない状態)にはなれない」という現実は、「死んだ」という表現がぴったりでした。

このまま迷惑をかけ続けるのなら「私は死んだほうがいい」。そんな考えが頭をよぎりました。

 

「自分が障害者になった」という衝撃はものすごく、当時うつの波の中に居た私は絶望しました。

 

それでも、自殺しなかったのは、大切な人からもらった「死んじゃダメだよ。」という言葉があったからでした。

 

【自分】が死んだということを受け入れるにはどうしたらいいだろうか、と思ったときに、「お葬式」が浮かびました。

その数ヶ月前に、祖母が亡くなったのもあったからか、「お葬式は死=受け入れる作業」と思いつきました。

 

それから、何をしていても涙がでそうになるので、思いっきり、たくさん泣きました。

なんで泣いているのか分からなくても、涙が出るままに泣きました。

 

そうしているうちにだんだんと、双極性障害に対して、穏やかな気持ちになってゆけたように思います。

そして、こうして、前向きに双極性障害と生きてゆきたいと思っている今につながっています。

 

 

 

お葬式のやりかた

 

弔う相手は、

・双極性障害ではない(診断されていない)頃の自分

・健康だった(障害を持っていなかった、完治の可能性を持っていた)自分

です。

 

この、過去の自分のことは、すみつきカッコをつけて、【自分】と表したいと思います。

 

正確に言ってしまえば、双極性障害は「体質」のようなものなので幼少の頃から双極性障害になっていたとも言えるのですが、ここでは、双極性障害と診断された時点が、「双極性障害になった」ということにいたします。

 

 

過去の【自分】は「死んだ」と思う

 

「あなたは双極性障害です」と言われた瞬間に、それまでの自分は死にました

 

あなたは、「送る側」です。

実際のお葬式でいうと、まだ生きている側です。

 

難しいときは、誰かの死をイメージしてみてください。

自分の遺影とか、棺桶の中に入っている自分の姿を想像してもいいかもしれません。

 

「あぁ、死んだんだな。」「もうこの世界には居ないんだな。」

「遺影にどんな言葉をかけようかな」

「【自分】は死んでしまったけど、私は生きてゆかなくちゃ」

死んでしまった【自分】に対して、どんなことを想うでしょうか。

 

きっと、実感がないと思います。

でも、「死んでしまった」と考える瞬間が持てれば十分です。

 

 

死んだ自分が生きてきた人生を想う

 

あなたは、双極性障害と診断されるまで、何年生きてきましたか?

 

双極性障害ではなかった【自分】に対して、どんなこと想いますか。

思い浮かぶのはどんな【自分】の姿でしょうか。

言ってやりたいことはありますか。

 

「よく今まで生きづらさ抱えて生きてきたね」

「なんで死ななきゃならなかったんだろうね」

「あんなことしてくれやがって」

「こういうところはけっこう好きだったよ」

「ダメなあなただったけど、付き合ってくれていた人がたくさんいたよね」

 

※【送る側】の視点で思い出してくださいね。

 

時間があるときで構いません。

ふと思い出した【自分】の姿を、認めてみてください。

 

 

出てくるものは、そのまま出るままに

 

怒り、恨み、悲しみ、後悔、愛おしさ、、、。どんな感情も存在していいのです。

そして、涙も流しっぱなしで大丈夫です。

嗚咽もこらえる必要はありません。お葬式ですからね。

 

気が済むまで、自然に落ち着くまで、出しまくってみてください。

 

何も出てこないときは、無理して泣かなくても大丈夫です。

静かに、死に浸って時間を過ごすのも1つだと思います。

 

そして、このお葬式は、時間の制限はありません

早ければいいということも、長くかけたほどいいという決まりも、ありません。

 

「あぁ、死んだんだな」

とスッと入ってくるまで、お葬式は続けて大丈夫です。

私は2,3ヶ月かかりました。

 

体調が悪かったり、しんどくなってきてしまったら、お葬式は一旦中断してください。

また気が向いたときにしましょう。

一般にも「葬式躁病」や葬式後のうつというものが存在します。

特にうつには気をつけてください。無理は危険です。

 

お葬式をする原動力は、「義務感」ではなく、「【自分】への想い」や「納得のため」であってほしいと思っています。

 

 

誰かに「死」を共有してもらう

 

話をきいてもらいましょう。

すぐ誰か思いつかない、いないときなどには、ノートに受け止めてもらうのもいいかもしれません。

 

ただし、誰かに話すときには少し気をつけてほしいことがあります。

気持ちを全部受け取ってもらおうとしないほうがいいです。依存になってしまうのは避けたいですし、相手にも、受け入れられる許容範囲や時間の制限があります。

 

誰かに受け止めてもらうときは、できれば少しづつ、自分から溢れてどうしようもないとき、相手に余裕があるときなどに聞いてもらいましょう。

 

私は、絶望してつらかった気持ちを、夫(当時は付き合いたて)に聞いてもらっていました。

なかなか会えない距離での恋愛だったので、毎日のように電話をしていたのですが、だいたい○時まで、と決まっていたのが良かったなと思います。

 

ちなみに、私は、双極性障害と診断された当時、家族には全く打ち明けていませんでした。

 

 

 

まとめ

 

お葬式は、双極性障害を「受け入れる期間の始まり」だと思っています。

 

お葬式が終わっても、すぐ死を受け入れるほど器用でなくてもいいと思います。

すぐ前向きになれなくても大丈夫です。

 

本当に双極性障害を受け入れるまでは、時間がかかるかもしれません。

 

 

そんな時間を過ごしながら、ぜひやってみてほしいことがあります。

それらを、次の記事でまとめたいと思います。

 

 

 

 

◇次のステップ

苦しいのは、どうしたらいいのか分からないから。

こわくないということを知ること。

 

 

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