こんなことにもつまづくのにふつうだなんて思っていいのかなぁ。

発達障害

 

 

「他の人の前では、あんまり言わない方がいいよ。」

 

私が発達障害っぽいことを表現して、夫から何度も返って来た言葉。

 

また言われて、だんまり固まって、号泣して。

 

確かに、診断はもらっていない。

自称”隠れ”だと思っているだけ。

 

「悲しい」

と、はじめて、伝えられました。

(はじめて、自分が『今、かなしい』という気持ちだと認めて、それを言葉にできました。)

 

***

 

もし私が”ふつう”だったら、こんな風にフリーズしたり、号泣なんてするの?

『怒り』という気持ちも湧いていました。

誰に何に対してとかははっきりしていない。

自分にかもしれないし、夫にかもしれないし、発達障害とか、時間とかに対してかもしれない。

 

行動する度に、言葉発する度に、『あ、またアスペだな』が1つ、また1つ、と増えていきます。

そして同時に、「アスペじゃないよ」という優しい言葉も増えていくのです。

この、アメみたいなムチみたいなものに揺らされて、

苦しい。

 

 

【指摘されて、怒るのは、図星なんだよ】

自分が発達障害ぎみだと認めてもらえないだけ…ちょっとしたこと…で、こんなにも悲しいのは、こんなにも声が出なくなるのは、

私が発達障害の傾向があることを証明する事実

だと、

思います。

 

 

***

 

 

“隠れ”ゆえに、理解してもらえないこともありますが、

 

逆に、”隠れ”ゆえに、得ていることもあり、

たとえば簡単に「あなたは普通だよ」と言ってもらえてしまうこととか、

夫と暮らせていることとか(今は、だけれど)、

こうやって、誰かの一言を、受け取れる(時間はかかるけれど)こととか。

 

 

 

***

 

プラスとマイナスの量を比べている。

全部合わせてプラスならそれでOK?

 

計算していたらずっとこの”悲しみ”とか”怒り”を繰り返してしまう。

 

じゃあどうしたらいい?

 

「あ〜アスペだな〜」と気づいた時には、つまづいているなら「どうしたら楽になれるかな?」と考え、トライし、

“隠れ”ゆえに手に入れられた喜びに気づいたら、味わう。

 

誰かと生きるから障害が生まれて、

誰かの評価に揺れる。

 

誰かと関わる限り、永遠に続く。

 

だから、自分は、

自分の発達障害のことを、認めて、試行錯誤して…

そういう毎日を過ごす。

たくましく丸くなる自分を、作っておく。

ここまでやってこれたこととか、親しく愛してくれる人がいることとか、その喜びを、信じる。

 

ことかな、と思います。

 

 

***

 

 

 

最後に、改めて、

夫に、一緒にいてくれてありがとう。

 

 

 

 

コメント