「大好き」って伝える。そんな簡単なことが、すごく難しかった

「大好き」って伝える。そんな簡単なことが、すごく難しかった 発達障害

 

 

こんにちは。とび太(@umayano)です。

私には、長らくつまづいてきたことがありました。

 

それは、「大好き」と伝えることです。

 

「大好き」って言えなかった

 

「大好き」と言おうとすると、ずっと、違和感がありました。

喉で詰まる。出せない。そんな感じ。

 

「大好き」が喉まで出てきても、「大好きって言っていいのかな」と、ためらいを感じていました。

 

私と長い付き合いの人ならば、「いやいやとび太ふつうに「大好き」ってよく言ってたよ」と言うかもしれません。確かに、「馬が好き」とか、「カスタードクリームが好き」とか、そういうことは言っていたように思います。

 

ただ、いちばん大切な「大好き」のところが、言えていなかったのです。

生きているうちに大切な人に伝えなくてはならないような類の「大好き」を、私は「言えない」という感覚をもちながら生きてきてしまいました。

 

なぜ「大好き」と言えなかったのだろう?

「大好き」って伝える。そんな簡単なことが、すごく難しかった

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今まで「大好き」と言えなかった理由を考えてみました。

 

「大好き」が分からなかった

もちろん、「だいすき」という日本語は知っていました。それが、相手への好意を示す言葉だということも分かっているつもりでした。

 

だけど、分からない。

これは、「大好き」という言葉と、「大好き」という気持ちがつながっていなかったということだったのではないかと思います。

 

私がASD(発達障害/自閉スペクトラム)の傾向があることも大きく影響していると思います。ASDはコミュニケーションが苦手な傾向がありますが、「自分目線」になりやすいことも原因にあります。

 

「大好き」という感情を自分が自覚できていないから、相手から「大好き」をもらっても、それが何を意味しているのか分からない。なぜ相手が「大好き」と言ったのかわからない。相手目線になれない。

 

「愛ってなにそれおいしいの?」

「大好き」と同じで、「愛」というものについても、ずっとよく分かりませんでした。なぜ世界の人は「愛」という言葉がこんなに好きなんだろう、と疑問を感じる瞬間も多々あったように思います。

 

「大好き」とか「愛」について、分からないままに生きてしまいました。

 

 

「大好き」を受け取ることもできなかった

このように、「大好き」って自分から言うときに、ためらいを感じていたのと同じ様に、誰かから「大好きだよ」と言ってもらったときも、どうしたらいいか分かりませんでした。

どうしたらいいか分からないまま、とりあえずニコニコ笑顔を返してきました。

 

愛されるには、理由が必要だと思っていた

「大好き」と言われたら「何か返さなきゃ」という思考になりがちでした。

何もしてあげてないときとか、何もプレゼントしていないときに「大好き」って言われると、どうしたらいいか分かりませんでした。

私にとって、愛されるのは、条件付きだったのです。

 

そういう思考になってしまったのには、育ちも大きかったのではないかと思います。

アダルトチルドレンとか、『愛着障害』とか、そういう関係の本を読んで号泣してしまったことがあります。号泣したということは、自分が当てはまっているということですよね。

 

私の親(父、母)、祖父母は、私にたくさんの愛を注いでいてくれたんだと思います。でも、残念ながら、【愛=モノ】でした。言葉で伝えてもらった記憶は思い出せません(愛のある言葉をかけてくれていたとしても私はそれを愛だと認識できなかった)。

モノというのは、食べ物とか、お金とかが多かったですね。私は、「モノをもらえない=愛されていない」と受け止めてしまっていたのかもしれません。

私は今でも親や祖父母と関わると、愛=モノのやりとりだな、と感じるときがあります。親子関係が不健全な家庭だと思った方が、ホッとします。つまり、私は愛情不足だったようです。

 

「私は恵まれている、恵まれている…」と唱えて生きてきていました。

 

自分はそんな価値ない

「大好き」と言われると、反射的に心のなかで「申し訳ない」と思うときもありました。

私はずっと、『自己肯定感』がものすごく低かったようです。これは先程のアダルトチルドレンというキーワードを紐解いて気づいたことでもあります。頑張り続けなければ、愛してもらえないと思っていました。

 

私のプロフィールに載っている、友人に書いてもらった私の人生についての記事≫【前編】会社辞めて馬と生きる双極性障害の27歳が、死に場所作りをする理由で、いい表現をしてもらいました。

自己肯定感がメチャクチャ低いし、常に周りの評価が軸になっていた

 

その通りだったと思います。

 

自分は、「大好き」って言われる価値はないと思っていたのです。

 

 

「大好き」の気持ちは、ずっと存在していた

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でも、確かに言えることは、「愛」みたいなものは、私の中に確実にあったということです。

ただ、「大好き」とか「愛情」の気持ちを自覚していなかっただけだったのです。

 

大人になるまで私は、自分の【感情】の種類は、

  • 嬉しい
  • 楽しい

しかないと思って生きてきていました。

『失感情症(アレキサイミヤ)』についての記述を読むと、とてもうなづける点が多いものです。失感情症は、「感情が無い」のではなく、「自分の感情に気づいていない」「自分の感情の自覚が無い」ということだそうです。喜怒哀楽が存在しない人間などいないのです。

 

「愛」の存在に気づいた話

26歳くらいの頃、あるとき私は「愛」の存在を知ります。自分では『ヘレンケラー体験』と呼んでいるのですが、カミナリに打たれたように衝撃的な出来事でした。

モノクロだった世界に、本当は色があったのを知ったような感覚でした。

 

 

 

少しずつ、「大好き」を言えるようになってきた

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「愛」の存在に気づいてもうすぐ3年くらいになりますが、かなり「大好き」と言えるようになりました。むしろ、”大好き魔”って言えるくらい、めちゃくちゃ言ってます。

私の過去を知らない人や、最近出会った人は、私が「大好きって言えない人間」だったなんて思いもすらしないでくれるかもしれません。

 

でも実は今でも練習中です。

 

「大好き」って意識して使っています

自然と、はまだまだ出てこないので、意識して「大好き」をたくさん使うようにしています。

 

大人になっても「愛情」とか「大好き」とかいう気持ちが分からなかった人間から見ると、いわゆる健常者(世の中のほとんどの人)が、むしろなぜそれらを自然と身につけて育つことができるんだろう?すごいな、と思います。

子供の頃、言葉を覚えるような小さいときに、親などから、ひとつひとつの感情と言葉でつなげてもらったのでしょうね。たとえば、転んで泣いているときに、「痛かったね、つらいね」とか言ってもらうような経験です。そんな風に、気持ちに名前をつけてもらう経験が積み重なって、「大好き」ってこんな感じかな、と言葉と体感(感覚)がつながってくるのではないかと思います。

 

感情に名前を付けていく作業は、”感情ラベリング”とも言うそうです。

成人してからも、自分でできます。

もしASDの傾向があるのなら、なおさら意識して練習するのがおすすめです。

 

感覚は後で付いてくる

最初のうちは、どんな感じが「大好き」なのか分からないかもしれません。それは仕方のないことです。

私は、誰かと話しているときなどに、「なんかぐっときた!」とか「あ~最高!」とか、「相手になにか伝えたい!だけど今この気持ちは何て言うんだ?」と迷ったとき、「大好き」という言葉を添えてみています。

 

自分に愛情を注ぎましょう

私は、自分の感情にラベリングしていくことと同時に、自分にたっぷり愛情を注いでみています。

自分の体調とか、気持ちの変化をよく観察して、気遣う感じです。自分がやりたいことをやって、褒めて、無理しない。

 

また、自分に愛情を注いでくれる人の愛情をぐんぐん受け止めて、そして自分でもそれを真似して自分を愛してみる。「大好き」って言ってもらった言葉を、何度も何度も自分にかけてあげようと思っています。

「大好き」とか「愛」とかいう感情がいっぱい満たされてきたら、きっと、「あ、これがその気持ちなのかな」と思える瞬間がきっと訪れると思います。

 

こっそりと、自分大好き人間になりましょう!

 

 

まとめ

「大好き」って伝える。そんな簡単なことが、すごく難しかった

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私達は、存在するだけで、愛されていいんです。

そして、誰かのことも、無条件に愛していいんです。

 

「大好き」と伝えられないのは、病気ではありません。

「大好き」と言えないな、と思ったら、自分の何かどこかにつまづきがある、というサインかもしれません。

 

心が冷たい人だとか、サイコパスだとか、そんなことは無いと思います。そして、何歳になっていたとしても、恥ずかしいとか、引け目とかを感じる必要も無いと思います。

 

過去のことはどうすることもできないですが、今これからは、自分で自分の感情に気づく練習をしていくことができます。

これからの人生を、「大好き」でいっぱいにすることもできます。

 

 

 

そうやって、「大好き」について一生懸命考えているあなたが、私は大好きです。

 

どうか、自分から幸せを集めていってください。

 

 

 

 

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