躁鬱病は【遺書】を書く?双極性Ⅱ型障害の私の【経験談】

躁鬱病は【遺書】を書く?双極性Ⅱ型障害の私の経験談です 症状

 

こんにちは。

双極性Ⅱ型障害のとび太です。

今回は【遺書】をテーマに書いてみたいと思います。

 

 

双極性障害の人は遺書を書く?

双極性障害の皆さん、【遺書】って書いたことありますか?

私はあります。

 

もしかすると、私が書いたことがある【遺書】は、一般的な遺書(自殺する直前に書いたとか、何か不幸が予想されて残された時間の間に書いた、とか)とは若干ニュアンスが違うかもしれませんが、
どういうものだったのか、紹介します。

 

 

死ぬ前に伝えたいことがある

【遺書】を書いたのは、26歳のときでした。道東の牧場で牛の仕事をしていました。

 

明日、死ぬかもしれない

当時、馬の師匠の元へ乗馬しに通っていたのですが、それまでで一番激しく落馬し、はじめて記憶が飛びました。

気づいたら師匠の牧場に戻っていて、一緒に外乗していたお兄さん達と一緒にお茶を飲んでいたんですね。

たぶんこの記憶を飛ばした落馬がきっかけで、私は【死】がリアルに感じたんだと思います。

 

「明日、マジで死ぬかもしれない」

馬に乗る以上、危険が伴なうことは、師匠のところで馬を乗せてもらい始めたときから知っていたことではありました。

でも、『死ぬ』ところまで実感していなかった。

もし明日死んだら、職場にすごく迷惑をかけてしまう、というのもこわかったですし、
それにも増して、こわかったのが、
「もし明日死んだら、大切な人たちに“ありがとう”を伝えられなくなる…」
ということでした。

 

死んだらどうしよう。

じゃあ馬に乗るな。

でも、馬に乗りたい。

私は、【自分の死】と、【感謝を伝えるにはどうしたらいいのか?】ばかり考える毎日を過ごしました。

 

考えて考えて、
「そうだ、【遺書】を書こう。」となったのです。

 

 

リヴィング・ウィルを参考に

私が書こうとした【遺書】のイメージは、どこかで耳にしたことがあった『リヴィング・ウィル』でした。

「平穏死」「自然死」を望む方々が、自分の意思を元気なうちに記しておく。それがリビングウイル(LW)です。

リビング・ウイルとは | 公益財団法人 日本尊厳死協会

でも、実際はリヴィング・ウィルを誤解していました
生きているうちに書いておく【遺書】がリヴィング・ウィルだと思っていましたが、遺書ではなく、尊厳死の希望を伝えるのがリヴィング・ウィル、ですね。

 

私は、便箋くらいの紙一枚に、大切な人へのメッセージをびっしり書き連ね、財布のポケットに入れました
もし死んだら、私の身の回り品を誰かが片付けてくれるはず。財布の中がいちばん見つけて貰いやすそうだから…。

書いた内容は、ざっくり、

  • ありがとう
  • 大好き
  • 大切に想っています
  • 遺品を捨ててください

という感じです。

最初に牧場の皆さんや、家族が読むはず。友人へのメッセージは家族に伝言してもらおう、と思ってその旨を書いたりしました。

 

 

ちょっと病的?

【遺書】を書いたときは、本気で、真面目に、全力で書いていました。

でも、冷静になって振り返ると、なんだか恥ずかしい(笑)。

 

もしかすると、ここまでお読みになって、「いやいやそんな、遺書書くなんて大袈裟な。」とか「重っ…」とか感じられたかもしれません。

そうなんです。ちょっと病的だったと思います。

実際私は、あの『遺書』を書いたとき、双極性障害(躁/鬱)の症状でいうと、

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かなり、不安の症状が強かったと思います。

 

この鬱期の中で一番激しかった時には、職場で、号泣しながら「自殺しそうなんで辞めます」と言ってしまうくらいでした。牧場の皆さんに本当に申し訳なかったです…。

▽そのときの話

404 NOT FOUND | うまやのブログ

 

【遺書】の行方は…

その遺書は、書いたときの激鬱を抜けたときに、燃やしました(笑)

火を眺めているときの精神状態は、殺伐とした気持ち(「スッキリだぜ…」みたいな笑)だったのを覚えているので、激混合状態の中だったように思います。

 

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大切に大切に書いて、でも、あんなに大切にしていたはずのものなのに一瞬で捨てちゃったりする(しかも燃やしてテンション上がってる)のが躁鬱病って感じですよね。

病的じゃなければ、捨てるとしても、普通にシュレッダーにかけてゴミ箱に入れられるのではないかと思います。

 

 

現在:相手に想いを伝えられるようになった

先月、北海道に移住してきて1ヶ月経ったくらいのときに、親に手紙を書きました。

内容は、あの【遺書】に似ていて、

  • いつもありがとう
  • 大切に想っています

という感じ。
あの【遺書】に比べたら、とてもとても短くて軽いです。

今、実家(茨城)から遠いところ(北海道)に住んでいるから、死に際には会えないかもしれない。ということも一言入れました。

 

あの【遺書】のときと違うのは、相手が受け取りやすいエネルギー熱量に抑えて、相手に実際伝えられたこと。

だから、親たちと直接その話になったとしても、平気です(ちょっぴり恥ずかしいけれど)。

もしかすると親からは「も〜心配性なんだから笑」とか思われるかもしれませんが、病的では無く『性格』の範囲に収まっているのではないかと思っています。

 

 

 

【死】を身近に考えるということ

【死】を考えることは、悪いことじゃないと思います。

メメント・モリという言葉も、昔からあります。

メメント・モリ(memento mori)とは、ラテン語で「死を想え」「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」といった意味の警句。

「メメント・モリ」〜スティーブ・ジョブズが大学生に送ったメッセージ

 

実際に体の死がすぐに訪れなかったとしても、いつだって、【死】を考えたっていい。と私は思っています。

【死】を考えることで、いま生きていることが、もっと素敵なものになると思うからです。

(実際私は、師匠の馬に乗りながら「ここで死にたい」と思ったことで、「死に場所をつくる(=うまやの宿を開く)」という夢ができ、死んだ魚みたいな目に光が入ったように思います。)

うまやの宿について
将来、馬のいる宿『うまやの宿』をやるのが夢です。

 

もちろん、【死】を考える=実際に命を絶つ、というのはダメです。

 

 

それでは、ここまで、私の経験談を紹介させていただきました。

▽次の記事で、『身近な人が【遺書】を書いていたら?』について書きたいと思います。

身近な人が【遺書】を書いているのを発見したときの【接し方】双極症
もしも身近な人が【遺書】を見つけてしまったら…?躁鬱の症状の重さに分けて、接し方(対応法)をまとめてみました。

 

 

 

写真はこちら(Photo by Debby Hudson on Unsplash)より拝借しました。

 

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