「もっと傷ついたほうがいいよ」と言われて『傷つく』とはどういうことかわかった話

「もっと傷ついたほうがいいよ」と言われて『傷つく』って何かわかった話 発達障害

 

 

私の人生が大きく変わった夏の話です。

 

 

 

 

「もっと傷ついたほうが良いよ」

 

 

 

「ゆかた着て花火行こうよ」

 

北海道の牧場で働き始めてから知り合った友人が誘ってくれました。

とっても楽しそうで、わくわくしました。

 

 

当日、早起きして、一緒に車に乗って、花火に向かう。

テンションが上がりすぎて調子に乗った私の言動に、

 

「とびたさん、もっと傷ついた方がいいよ」

 

すごく大切だった人に、そんな言葉を言わせてしまいました。

 

 

 

*******

 

 

 

何時間も運転してもらって、

やっと見た花火は、風下からは微かにしか見れず。

 

帰ってきて解散して、彼女からの返信は来ませんでした。

 

 

 

 

あぁ、傷つけてしまった

 

 

距離をとられてから私はやっと、

『傷つける』ってこういうことなんだな、って、人生ではじめて知りました。

 

 

そして、

長いこと返信が来なくなっていた、他の人たちのことも思い出して、ハッとしました。

 

のんきな私は、「忙しいからかな」と、思っていたけれど、

違う、理由はそれだけじゃない。

 

 

【傷つけてたんだ】

 

 

あれも、これも。

私をこれまで生かしてきてくれた、

あの人にも、あの大切な人たちにも…。

 

 

そっか、だからみんな、連絡をくれなくなったんだね。

 

 

 

*******

 

 

 

 

それから数日、食べられなくなりました。

いつも過食しているくらいに食べていた私ですし、牧場の仕事で体力も使っていましたから、

食べられないなんて、自分でも信じられませんでした。

眠れなくもなりました。

 

【もう、みんなに見放されたんだ】

 

夏の、突き抜けるような青い空の下、

ぽいっと、小さな手紙を投げ入れた、灰と、黒と、残り火を覚えています。

 

 

 

 

 

『傷つく』ってなに?

 

ずっと、ずっと、子どもの頃から考えていたこと。

 

 

『傷つく』とは?

『傷ついた』とは?

 

なんで私は、“相手のため“を考えたのに、間違ってしまうんだろう。

なんでみんなには簡単に手に入る『思いやり』が、私には無いんだろう。

 

 

そして、なんで、

テーブルいっぱいの花束が、

たくさんの祝福が、

私は喜べないんだろう。

 

 

相手のことを想ってやったはずなのに、いつのまにか、その逆になってしまう。

 

いちばんやりたくなかったことを、また大切な人にやってしまった、

自分をどうしたらいいか分かりませんでした。

 

 

 

 

 

 

鎖に気づく、ほどく。もえる。

 

その頃、牧場の仕事をしていたのですが、牛舎の中で、一箇所、特別な場所がありました。

なんてことない、古い牛舎の、角っこ。

牛のおしりが並んでいる廊下の、いちばん奥です。

 

午後の掃除のとき。

牛がくつろいでいて、リラックスして草を食べる音が聞こえてきます。

 

西陽が静かに注ぐその廊下では、

なぜか、思い出がたくさん浮かぶのでした。

 

 

 

 

 

何度も、何度も思い出す景色

 

何度も何度も思い出す、子どもの頃の景色。

 

夕陽に照らされたオレンジ色の幼稚園。それを私は見ている。

中では、母が、先生と話している。

 

 

「死んじゃえばいいのに」

 

ともだちに言われたらしいのです。

母は、「(私のことが)うらやましかったんだよ」と言いました。

 

「死んじゃえばいいのに」と言った子は、実際は羨ましかったのかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。

母が私をフォローしようとして言ったんだ、ということは分かったし、私も、「幼稚園児だし、そういうことも言うよ」と思っていました。

 

なんてことない、子どもにはよくある出来事だと思っていました。

 

 

 

あの思い出は、なぜ?

「もっと傷ついたほうがいいよ」と言われて『傷つく』って何かわかった話

 

 

北海道に飛んだ理由に、「人生を生まれるとことからやり直したい」というのもあって、私は『自分を壊す』作業を続けていました。 

 

それまでの人生でスルーしてばかりだった「?」に、目を向ける。

違和感をスルーしない。

 

 

あの牛舎の廊下で、幼稚園の風景をまた思い出したので、「なんでだろう?」と、疑問に思ってみました。

 

 

たまたま読んだ本か何かで、

『何度も思い出すのは、感情が動いていたから』

『特に、「嫌」とか「傷ついた」という感情』

ということを知りました。

 

あの「死んじゃえばいいのに」に、私は傷ついていた?

 

“感情”が、私にもあったんだ。

 

 

【うらやましがられる=死】

そう思ったから、褒められる度に、苦しかった?

 

そうやって、幼い私は、いっしょうけんめい目をそらしていたんだね。

必死に生きようとしていたんだね。

でも嫌われたくなくて、いろいろ頑張って、褒められて、苦しくなって…。

 

 

牛たちの後ろで、私は、しゃがみこんで泣きました。

仕事中だから声は出せなかったけど、“おいおい”泣いてしまいました。

 

 

自分が傷ついていたことに、『感情』があったことに気付いて、

びっくりして、

嬉しくて、

感動。

 

 

だけど、気づくのが遅すぎた。

悔しくて、

のろまな自分への怒り。

 

 

熱くて、熱くて、仕方なかったです。

 

 

 

 

謝っても、傷は消せない

 

 

「もっと傷ついた方がいいよ」

そう言われてから、花火に行く道中、ひたすらに謝りました。

 

「もう、いいよ」

そう言ってもらいました。

 

私は、帰りの運転やりますよ、とか、お昼代出しますよ、とか、そんな感じの、『相手のためのこと』ことを必死でしようとしました。

振り返れば、罪を軽くしようとしていたんでしょうね。

 

でも、彼女は、私にさせません(気持ちだけで嬉しいよ、みたいな風に)。

私は、役に立とうとすればするほど、かえって足を引っ張りました。

 

もがいてもがいて苦しくて、申し訳なくて、でも何もできずに終わったドライブ。

 

【傷つけてしまった事実は、消せない】

 

痛感する、というのはまさにこのときでした。

 

 

 

 

強い人たち

 

 

「強くなれ」

ってみんな言うけど、

 

強いって何?

強い人になりたい。

 

 

 

彼女は以前、

「自分のイメージは雑草なんだ」

と言っていました。

 

私はそのとき、「そんなことない、〇〇さんは、カッコいい。もっと凛々しくて美しいよ」と思いました。

 

 

この人はどれだけたくさん傷ついてきたのか。

それで、どれだけ許してきたのか。

 

本当にこの人、【強い】な。

ぽっと、そんな言葉が出てきました。

 

 

ずっと憧れていた『強い人』。

それってこういうことなんだ、と分かりました。

 

 

 

 

消せない傷に、『愛』を知った

 

どんなに謝っても、傷つけた事実は消えない。

たとえ自分が死を選んでも、消せない。

辿り着いたのは、

【生きていくしかない】ということ。

 

 

 

 

*******

 

食べれず寝れずにいた私のところに、彼女から電話がかかってきました。

 

「効いた?」

そんな、なんともかっこいい言葉を投げてくれました。

 

 

ひれ伏すほど、嬉しかったです。

そして、そうやってひれ伏せれるようになった(感情を感じることができるようになった)ことも、嬉しかった。

(『悶え死ぬ』ことにも憧れていました。)

 

 

「傷ついた方がいいよ」

と言ってくれた彼女に、感謝しかありません。

 

言ったら嫌われるかもしれないって思うほど尖った言葉。

保身じゃない。

暴力でもない。

 

それでも言ってくれたのは?

 

 

言葉にしてくれてありがとう。

傷つけてくれて、ありがとう。

 

 

ああ、これが、【愛】というものなのか。

 

 

 

この出来事から、世界が一気に色づいていきます。

「愛」の存在が分かった衝撃。ASDの私が感情の無い世界から抜け出した話
...

 

 

この出来事を、双極性障害やASD(発達障害/自閉スペクトラム症)の側面から見た話は、また後で書きたいと思います。

 

 

 

 

コメント