双極性Ⅱ型障害【経験談~躁編】その夏、躁は彗星のようにやってきた

双極性Ⅱ型障害【経験談】その夏、躁は彗星のようにやってきた 双極性障害

 

こんにちは。双極性Ⅱ型障害のとび太(@umayano)です。

 

躁転、こわいですよね。

周りの人に多大な迷惑をかけ、人生が崩壊する。

本人に自覚が無いのも、ほんとうに厄介な症状だと思います。

 

私は、まだ双極性障害の薬を飲んでいなかった頃、躁転しました。その経験を書きたいと思います。

 

〈私が双極性Ⅱ型障害と診断されるまでの流れ〉

 

 24歳の梅雨:『うつ状態』の診断

    ↓2年後

 26歳の夏:躁が出る【本記事】

    ↓半年後

 26歳の冬:『双極性Ⅱ障害』の診断

 

 

今回は、軽躁状態のときについて、

 

①軽躁のときの症状

②発症のきっかけ、悪化の背景

③どうすれば失敗を防げたのか

 

にポイントを絞って書きたいと思います。

 

 

 

 

①軽躁のときの症状

双極性Ⅱ型障害【経験談~躁編】その夏、躁は彗星のようにやってきた

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双極性障害のⅡ型の『躁』の診断基準では、軽躁状態が4日以上続きます。

私の軽躁もちょうど4日ほどでした。

 

 

感覚

とにかく世界が光に満ち溢れ、輝いて見えました。

 ・「私は彗星になった!!」

 ・「この世界はすばらしい」

このような言葉が何度も頭に浮かびました。

 

きっかけは、あるときの1つの「分かった!」でした。アハ体験と言うのでしょうか。

 

心の中で火花が飛んだような感覚があり、みるみるその光が火になって、そして燃え広がるような感じがして、

 

キラキラした青くて眩しい光に包まれ、光は私と一緒になり駆け抜けてゆきました。

 

 

実際は体が光ったわけでも空を飛んだわけでもないのですが、彗星になった、と本気で思いました。

▽彗星(すいせい、ほうき星)は、こんな感じの、流れ星の大きいものというイメージです。

双極性Ⅱ型障害【経験談】躁は、彗星のようにやってきた

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行動

 

私は、次の5つの症状がありました。

 

  1. 1日中スキップするように過ごす
  2. 感動の涙
  3. 衝動買い・次々計画を立てる
  4. 突発的で一方通行なコミュニケーション
  5. 普段していたことをしなくなる

 

 

1.1日中スキップするように過ごす

 

 ・仕事中や夜に、大声で歌いまくる

 ・道路の真ん中で、歌いながら踊る

 ・海で一人で大玉スイカを立ち食い

 

とにかく喜びに満ちあふれていました。

 

 

2.感動の涙

 

たとえば、次のようなときに号泣していました。

 ・大好きだけど遠ざけていたアーティストの封印を解いたとき

 ・100円ショップに行って、この国の素晴らしさを感じたとき

 ・友人とおっぱい型のいなり寿司を作って遊び、子供に戻れたとき

ささいな小さなことに、大げさなくらい感動していました。

うつになってどん底だった人生が、やっと輝き出したようで、幸せでいっぱいでした。

 

 

3.衝動買い・次々計画を立てる

 

生活に必ずは必要ではない、でも叶えてみたかったことに、どんどんお金をつぎ込もうとしました。

 ・DIY用品(インパクトドライバーなど)

 ・福岡でのライブに応募(2人分)

 ・ついでに九州の乗馬クラブを予約

 

ライブを予約しましたが、予約した時点で、仕事が休めるかも確認していませんでした(牧場の仕事は、休みが月に4日で、もし連休を取ったとしても、それは1ヶ月ぶっ通しで出勤することを意味します)。無茶な計画です。

 

チケットは2枚取ったのですが、誰を誘うかも決まっていませんでした。

 

 

4.突発的で一方通行なコミュニケーション

 

「多弁」という症状に当てはまるかもしれません。相手の存在を無視した行動をとりました。

躁のときは、相手の表情とか、伝えるタイミングとか、相手が知りたいかどうかとか、そういう「相手の存在」置き去りにして、自分の衝動に任せがちだなと思います。

 

たとえば、当時、自然消滅しそうなギリギリの関係にあった恋人に「世界はすばらしいね」と、いきなりLINEしたりしていました。

 

 

 

5.普段していたことをしなくなる

 

とくにしなくなったのは、「乗馬」です。

私は馬に乗るために北海道に移住したと言っても過言ではありません。

 

毎日のように馬の師匠の牧場へ行って馬に乗せてもらっていたのに、それも行かなくなり、興味があちこちしていました。

 

 

「行動が増える=今までやっていたことが増える」

とは限らないようです。

 

 

失ったもの

双極性Ⅱ型障害【経験談~躁編】その夏、躁は彗星のようにやってきた

軽躁によって、「過去の記録」と「お金」を捨ててしまいました。

 

過去の記録
 ・思い出の品

 ・病歴などの記録

 ・お薬手帳

 ・iPhoneのデータ

 

躁になると、判断が「軽く」なりすぎて困りますよね。

思いつきで何でもポンポンと行動してしまい、

それまで大切にしていたことでも、「ま、いっか」で片付けてしまいます。

 

・病歴とお薬手帳

私は当時、「自分は健康になった!」「人生が変わった!」と思い込み、過去の記録はもう要らない、と軽く考えて捨ててしまいました。

お薬手帳を捨ててしまったのは地味に後で困りました。

とくに、以前にどのような抗うつ薬を飲んでいたかについての記録は残しておくべきでした…。

 

・iPhone のデータ

iPhone のロック解除のためのパスコードをひょいっと変えてしまいました。

動機が軽すぎたため、メモも残してありません。

思いつく限りのパスコードを入力し続け、その結果、パスコードの入力すら出来ない状態に。

結局思い出せず、初期化するしかありませんでした。

しかし、初期化する方法を調べようにも、社宅に Wi-Fi がありません。ビビリのため牧場主に Wi-Fi を借して欲しいと言えず、空港まで行って公共の無線LANを使ったりしていました(auの店舗に行ってやってもらったら良かったのに…)。

ただでさえ、躁で予定を詰め込みすぎたスケジュールを消化するのに必死なのに、慣れない初期化の時間がのしかかり、非常に疲れました。

 

写真のデータも消えてしまいました…(このため、躁転したときに撮った写真がありません。スイカをひとりで海で立ち食いしたときの写真は惜しかったです)。

電源を借りるためのカフェ代ももったいなかったですね…。

 

お金

 

無茶な計画をどんどん立ててしまった結果、キャンセルしてお金をドブに捨てることになりました。

 

とくに、北海道の道東から遠く離れた、福岡で開催されるライブを予約したのですが、そのチケット代と飛行機のキャンセル代は大きかったです。

 

また、「うまやの宿を実現するタイミングだ!」と考え始めました。

誇大妄想、無謀な投資、といった症状と言えるでしょうか。

「(うまやの宿に改装するための)空き家を買おう」と思いついてしまい、あやうく、空き家を買って貯金を全部つぎ込んでしまうところでした。

幸い、空き家を調べているうちに躁の波が過ぎていってくれました。

住んでいたのが僻地だったのと、Ⅱ型の軽躁状態が短いことに、助けられました。

 

 

 

 

②発症のきっかけ

双極性Ⅱ型障害【経験談】その夏、躁は彗星のようにやってきた

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軽躁の症状が明らかだったのは、2017年の7月10日~7月13日でした。

 

きっかけ

躁転した引き金は、「気候」と「病み上がり」だと思っています。

 

気候

 

 ・躁になりやすい夏

 ・スカッ晴れが続いていた

 

冬はうつ、夏は躁になりやすい、という典型的な例ですね。

 

双極性Ⅱ型障害【経験談】その夏、躁は彗星のようにやってきた 初診のときの躁/うつの説明

△医師が描いてくれた、躁/うつの大きな波と、季節との関係の図。躁は夏に出やすい。

 

 

北海道、その中でも私の住んでいた道東では、エアコンをつけるほど暑い(30℃超え)の日は年に数日しかないのですが、その暑い日が軽躁の期間と重なっていました。

 

私のいた牧場では、初夏は「牧草の収穫(草)」の時期で、晴れが何日も続いて牧草が良く乾燥した短い時間が、牧草を収穫する限られたチャンスです。

この草の期間は、農家さんに気合が入ります。私も、ハードな仕事をこなす農家さんの足を引っ張らないように、仕事への緊張感が増しました。

 

ある意味お祭り騒ぎのような期間なので、私も引っ張られてテンションが上がっていたんだと思います。

 

 

病み上がり

軽躁になる前の1~2ヶ月は、体調がボロボロで、痛くてしんどい日々が続いていました。

2回の親知らずの抜歯は、悪化して辛かった…。

 

それらから一気に抜け、体調が回復、元気になるのと一緒に気持ちも元気になり、、、。結果、元気になりすぎました。

 

産婦人科を受診し、「卵巣もきれいですね」と言われ、「再発したと思っていた卵巣嚢腫が無くなった!」、

「うつも治ったし、体も元気になった。私は健康になった!!」と思いこんだことも、躁に拍車をかけたと思います。

 

 

躁転を引き起こした土台

躁の期間は4日ほどでしたが、その前の数ヶ月を振り返ってみると、躁を引き起こしそうな生活が見えてきました。

 

忙しすぎて体も心も不安定

躁になる7月まで、よくこんなんで生きてたな、と思うほど、ギュウギュウでした。

早朝と夕方の仕事をこなし、その日中には馬に乗ったり友人と会ったり、買い物や山菜採りに行ったり。

 

後に、友人から「3時間くらい寝れば大丈夫とか言ってたよね」と言われました。

 

体調を崩すこともありましたが、その原因が過労だと思わないほど、私は自分を客観的に見れていませんでした。

 

テンションが高い日があったり、反対にうつが強い週があったり、とにかく不安定でした。

 

 

「認知の歪み」を直す作業

友人の力も借りて、自分の考え方の偏りを改善しようと、生き方を模索し始めていました。

 

私の魂に響くような、鮮烈で衝撃的な、嬉しくて感動するような瞬間がたくさんあり、いつでも心に火がつくことができる土台ができていたんだと思います。

 

 

当時の手帳を振り返る

双極性Ⅱ型障害【経験談】その夏、躁は彗星のようにやってきた 躁のときの手帳

△躁転した2017年7月の手帳

 

躁の日には、花丸マークやキラキラマークが

軽躁になっていたのは、7月10日~13日。黄色で流れ星の絵も描いてありますね。

 

躁転する前日

それまで「気持ち荒れる」と書いてある日々が続いていたのに、躁転する前日には、「気持ちが落ち着いてきた」の記述がありました。

嵐の前の静けさといいますか、今となっては恐ろしいです。

 

躁の後は昼寝する日が増えた

軽躁が終わり、月の下旬になると、「z」マークが付いている日が多くなりました。

躁でエネルギーを使いすぎて、疲れが出たんだと思います。

 

 

 

③どうすれば失敗を防げたのか

双極性Ⅱ型障害【経験談】その夏、躁は彗星のようにやってきた

photo:franck-v-665808-unsplash

 

躁のとき自分は幸せでしたが、周りへの迷惑や、自分の人生へのダメージを与えます。

また躁転するのは、なんとか防ぎたいところです。

 

対策

 

当時は双極性障害というものの存在すら知らず、躁の波に完全に身を任せていました。

 

そのため、どうしたらよかった、などは後の祭りなのですが、

 

 ・気分に波があること、双極性障害だと自覚すること

 ・躁がどのような症状(感覚、言動)なのか知ること

 ・服薬

 

がまず大事なのではないでしょうか。

 

 

また、下のような行動をとることで、躁をふせぐことができると思います。

 ・夜更かし・徹夜をしない

 ・アルコール・カフェインはNG

 ・何事も、やりすぎないように

 ・むりやりでも休憩を入れる

 ・天気のいい日はゆったりを意識

 ・何か口に入れる(特に甘い物)

 ・環境の変化をできるだけ小さく

 

生活リズムや刺激の量を安定させて、ブレーキをかけることでしょうか。

 

 

躁の後の混合状態に要注意!

 

私は、4日続いた軽躁の後、そのすぐ2日後には混合状態のようになっていました。「トゲトゲ」「心を見失う」というような表現で手帳に記録があります。

 

躁は4日で終わっても、衝動の強さだけがその後も、残りました。

私は、診断が付くような軽躁状態のときだけでなく、普段の躁の後にも混合状態が起こりがちです。混合状態は、躁よりも更に危険だと思います。

 

躁になったら、急ブレーキをかける。

ブレーキをかけるかどうかで、その後の生死が別れてくるかもしれません。

 

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