こんにちは。とび太(@umayano)です。
妊娠し、『出生前診断』を受けるかどうか考えて始めてから、
「子の障害や奇形を理由に中絶をするかどうか」を、考えるようになりました。
私の結論は、
「妊娠初期に重度の異常が確実になった場合のみ中絶を選択する」
です。
「子どもが「障害」や「奇形(先天性奇形)」を持つかもしれない」という不安は、たとえ精神障害などの障害を持っていない人でも、悩むことだと思います。
「障害や奇形があるから堕ろす」、とか「健常児だったら育てる」とか、そういう、白黒で考えられるものではないとも思います。
知識不足の部分もあると思いますし、今後、時間が経つうちに考え方も変わってくるかもしれません。
現時点での、私の等身大の考えを書き記したいと思います。
(この記事では、下のようなことについては議論しません。)
- 障害者(精神障害、発達障害)は子どもを産むな
- 障害や奇形が嫌なら妊娠したいなんて考えるな
- リスクを承知で妊娠したのだからどんな子でも産め
- 中絶は人殺しだ
目次
私の現状:妊娠と薬
私は現在、妊娠3ヶ月(10週)です。いまのところ胎児に異常は指摘されていません。
初めての妊娠で、仕事はしていません。夫と二人暮らしです。
結婚する前から、もし子どもを妊娠するとしたら「気分安定薬の服薬をどうするか」が気になっていました。
妊娠中に薬を飲むと、奇形児や障害児になるというイメージがあったからです。
主治医に相談したり、調べたりして、「妊娠中も気分安定薬を飲み続ける」と決めました。
理由は、奇形が出るかもしれないというリスクよりも、「母親が安定している」というメリットを優先したためです。

そして、不妊外来へ通いながら妊活を始め、予想していたよりも早く自然妊娠しました。
妊娠10週の今も、妊娠する前と同じ処方(種類と量)の薬(ラミクタール200mg/日)を服用し続けています。
頓服としての安定剤や睡眠導入剤は、妊娠が分かってからは一度も使っていません。
障害や奇形を理由にした『中絶』への私の答え
結論。
妊娠初期に異常(障害や奇形)が医師から指摘され、確定検査が陽性だった場合のみ中絶の選択をする。
この状況以外は、もし産まれたら、どんな障害を持っていたとしても育てたいと思っています。
確定検査ができる時期を過ぎてしまったら、中絶にリスクも費用もかかるので、産む方向で妊娠を継続します。
新型出生前診断(NIPT)は年齢が35歳以上、費用も高額とのことなので、検討していません。
非確定診断は、自分からは積極的にしないつもりです。
妊娠中に異常は見つからなかったのに、産まれてみたら障害を持っていた、とか、妊娠中に予想されていた障害よりも産まれてみたら障害が重かった、なんてこともあるかもしれないですが、
そのときは、仕方ないっ!と思っています。
それならなぜ、妊娠初期に分かった奇形児だけを堕ろすのか?、という問いですが、
ベースにあるのは、「障害児や奇形児が嫌」というよりも、「なるべく続けられる形で育ててゆきたい」という気持ちが大きいです。
中絶の選択をする場合の理由
命を1つ殺してまで優先したいのは、「双極性障害の症状が悪化しない範囲の負担で」子育てしたい、ということです。
キャパオーバーになると躁や鬱のエピソードが再燃する危険が高まります。
それが分かっている以上、「キャパオーバーになる」のがすでに予想されるのなら、選ぶべきではないと思っています。
自分の限界
私の限界は、分かっている1つは、週5✕8時間くらいのフルタイム労働です。
これ以上の仕事をこなしている時期もありましたが、続けることが出来ませんでした。2種類やって、2回とも鬱になりました。
たとえ健常児が生まれても、子育てはものすごく大変なものなのだろうと思います。
重度の障害児だったとしても育て上げている人がいますから、私も「頑張れば」できるかもしれません。
「やってみないとわからない」、それも事実だと思います。
でも私はもう、「頑張ればできる」は止めたいです。
一時的には出来ても、ずっと続けられないからです。
私は、双極性障害と分かる前のような、頑張って、頑張って、そして崩れていった人生を、繰り返したくないのです。
なので、私に選択肢があるのなら、「やっていけそう」「これなら続けられそう」と思えることを選びたいと思っています。
重度障害児の世話は、やったことはありませんが、すでにキャパオーバーが想像できます。
なので、中絶についても、選べるならば、選びます。
中絶してでも回避したいこと
夫との関係崩壊
双極性障害は、人生や、人間関係を破壊してしまうかもしれない障害です。
私は実際、過去に、たくさんの関係を壊してきました。
私にとって、子どもを産み、育ててゆく上での絶望は、【夫を失うこと】です。
たとえば、生まれた子どもが重度の障害を持っていて、私が24時間付きっきりで世話しなければならなくなったとします。
そうなったときに予想される流れは、
私の限界を超える
↓
双極性障害の症状が悪化
↓
鬱で子どもの世話も家事もできない
↓
夫に大きな負担と苦しみをかける
↓
夫との関係悪化
↓
離婚など
↓
子どもにも苦しみと負担をかける
こうなる状況を避けるために、キャパオーバーにならないことを目指したいです。
「あなたを苦労して育てたのよ」という子育て
私はアダルトチルドレンの傾向があると思っています。
親は愛情をかけて育ててくれたんだと思います。
私はその”愛情”を受けて「いい子」には育ちましたが、心が根腐れし、うつになりました。
親のやり方(良いとは言えない方)を、なるべく子どもには繰り返したくないです。
(▽マルトリートメントについて勉強したりしています。)
母は、昔の、苦労話をよく聞かせてくれました。
また、目の前でヒステリーを起こしたり、つらそうだったり、病院へ行っているのを見ました。
「子育ては大変だから」と諦め、ボロボロになりながら子どもを育てる。
そんな風に、身を削ることが「良いこと」だと思う人もいるかもしれません。
でも、身を削り、ボロボロの母親を見た子どもは何を思うか。
そして「あなたのためよ」と言われた子どもはどう思うか。
「自分が産まれて来なければ」
「お母さんを助けなきゃ」
と考えてしまったりするのではないでしょうか。
もちろん、つらいときは、つらいことを隠したりせず、つらいとアピールすべきだと思います。
親がSOSを出さないと、子どもはSOSの出し方を学べなくなってしまうと思うからです。
でも、程度があると思うのです。
周りの人が、「お母さん=支えてあげなくちゃ」と思い、
本人が、「私は頑張っているから支えられて当然」と思う。
こうなってしまったら、不幸だと思います。
- 「母はつらい」を当たり前にしたくない
- 「支えてもらう」を当たり前にしたくない
だから、なるべくキャパオーバーにならない選択をしていきたい。
祖母もそんな感じの人で、脈々と母へと引き継がれているんだなぁと思いますが、私はこの世代間伝播を断ち切りたいのです。
まずは私自身が心も体も健康でいること。
それが大きな目でみたら、家庭の健康につながるのではないかと思っています。
そういう、健康な家庭で子どもを育てたいです。
「周りに頼れればいい」の現実と限界
育てるのが大変だったら、周りの力を借りたらいい。
どんな子が産まれても、育てる。
それは、素敵な考え方だと思います。
私は幸い、妊娠する前に夫と、私の実家の近くに引っ越していました。車で30分くらいの距離です。
また、北海道の僻地にいた頃よりも街なので、ヘルパーさんや、預託施設、家事代行などのサービスも得られやすいかもしれません。
最近加入した生協に、無料でお手伝いを頼めるサービスがあると知り、出を伸ばせばいろいろなサービスがあるんだなと感じているこのごろです。
こういった、恵まれている現実。
その一方で、それらに頼る限界もあるのではないかと感じ始めています。
周りを頼る前提で、いいのだろうか。
夫の収入の範囲で、やれるのだろうか。私は将来働けるのだろうか。
資金面。
もし、子が重度の心身障害ならば、金銭的な補助も、サービスも、ぐんと幅が広がると思います。世話する苦労も増えますが、そういった公共の支援を受けられれば楽になる部分もあると思います。
私の精神手帳の等級が上がれば、もっと支援を受けられるのかな、とか思ってしまうこともあります。
精神面。
私は、いざ苦しいときに、助けを求めることができるのだろうか。
発達障害(自閉スペクトラム)で、トラブルを起こすし、勝手にコミュニケーション自体にストレスを感じがち。双極性障害で、どうしても人間関係にムラができてしまう。
「誰かに頼る」。
これは、どんな子が産まれても必要なスキルだと思うので、少しづつでも練習してゆけたらなと思っています。
まとめ
Photo by freestocks.org on Unsplash
私が双極性障害で気分安定薬を飲んでいなかったら、もしかすると、中絶についてここまで考えなかったかもしれません。
いっぱい調べて、考えてみて、出した結論でしたが、想像していたよりもシンプルで「流れに身を任せる」ような選択になったなと感じています。
子を授かるということに、自分の意思が関与できる程度なんてほんのわずかなんだな、とも感じました。
1番の収穫は、「私は障害者が嫌なんじゃなくて、双極性障害によって家庭が崩壊するのが嫌なんだな」という、自分の気持ちに気づくことができたことです。
賛否両論あると思います。でも、自分はこうしたい、というのが見えて、なんだかとても気が楽になりました。
なんとなくHappyな妊婦生活を過ごして、ある日の検診でもし突然、「異常がありますね」と伝えられていたら、きっとパニックになっていたことでしょう。躁転したり、うつで自殺していたかもしれません。
中絶について調べているうちに、『確定検査(羊水検査など)』は、実施できる時期が妊娠15~18週に限られていると知りました。
検査や中絶などには、時間の制限があります。胎児はどんどん大きくなってゆきます。
そんな中で中絶するかどうか考えなくてはならなくなったら、とても焦ると思います。
いざそのときに冷静に考えられればいいのですが、双極性障害だと、そういうショックがあったときは判断がゆらぎがちですよね。
気分の波が過ぎるのを待っていたら、時間もかかってしまいます。
もし、少しでも「赤ちゃんに障害や奇形があったらどうしよう」と不安で、中絶も頭に浮かぶような人がいたら、早め早めに自分の中で結論を出しておくといいかもしれません。覚悟、というのでしょうか。
どんな子でも育てられる環境にある夫婦は、「中絶」までは考えるのだろうか、と思うことがあります。
中絶という選択が頭をよぎるということは、自分の現状に、なんらかの心配事があるのではないかと思ってもいいのではないかと思います。
命を扱う選択だからこそ、じっくり考えてみて欲しいです。
人によって、考え方は様々。
大切なのは、妊娠する本人と、そのパートナーが納得していることだと思います。
そして、一度出した結論も、また時間が経つと変わることもあるかもしれません。
最後までお読みくださりありがとうございました。
いい・悪いは置いておいて、現時点での正直な気持ちをまとめてみました。
私も、妊娠が継続して、この記事と考え方が変わってきたら、そのときはまた記事にまとめようと思います。
次回の検診は12週目。
エコーで先天性異常が指摘されてもおかしくない時期。ビビりながら、いってきます!
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